大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和58年(ネ)835号 判決

控訴人 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 前田知克

同 幣原廣

同 冨永敏文

被控訴人 株式会社 おおぬき

右代表者代表取締役 大貫富吾

右訴訟代理人弁護士 谷口隆良

同 谷口優子

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

第一  双方の申立て

一  控訴人

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

第二  双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加し、原審及び当審記録中の証拠関係目録の記載を引用するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

一  控訴人

1  本件店舗がいわゆるノーパン喫茶に変更されたことにつき、被控訴人が控訴人に事後的に黙示の承諾を与えていたものである。すなわち

(1) 本件ノーパン喫茶の開店は昭和五六年三月一日であり、控訴人が逮捕されたのは同年五月七日である。

(2) ところが、この間、被控訴人代表者は、開店早々、本件ノーパン喫茶にあらわれ、「しっかりやれよ。」「がっぽりもうけて、たんと家賃を入れてくれよ。」などと控訴人を激励し、その後も開店時間の直前や、閉店時間の直後にあらわれ楽しんでいった。その回数は一〇回をゆうに越え、その間控訴人に「賃貸借契約違反だからやめるように。」などと警告したことは一度もなかった。

右の各事実からしても前示黙示の承諾があったというべきである。従ってノーパン喫茶にしたことを契約違反であると被控訴人が主張し、かつ、無催告解除することは著しく信義則に反する。

2  本件の場合には、無催告解除が許されないものである。すなわち、

(1) 無催告解除は、催告しても貸主、借主間の信頼関係修復が期待できない場合にのみ行使できる。

(2) これを本件についてみると、被控訴人代表者は二ヶ月間営業態様の変更を許していたこと前記のとおりであるところ、前記のように五月七日控訴人が逮捕されるに及び世間から非難されるのをおそれ本件無催告解除を通告したものであって、その最大要因は警察沙汰になったことにある。控訴人と被控訴人との間においては、控訴人が逮捕されるまでなんらのいざこざを生じていなかったのであるから、警察沙汰になった要因を取除けばそれで事はすんだものであるから、まず被控訴人は営業態様を元に戻すよう催告すべきであり、そうしていれば、控訴人はこれを受けいれ、前記要因は取除けた筈であった。

したがって本件無催告解除は信義則に反するというべきである。

二  被控訴人

1  控訴人主張の1の事実は否認する。

2  控訴人の2の主張は争う。

控訴人は、純喫茶がもうからずに営業をかえ、それも多額と称する費用をかけて内装をかえたものであり、すでに大がかりな宣伝もし、万一の時は警察の手入の危険まで予想してふみきったノーパン喫茶を、貸主の一語によってこれをかえる筈がない。

また、被控訴人が、本件建物に関して一旦失われた信用は、そう簡単に回復できるものではない。

従って控訴人の主張は理由がないというべきである。

理由

一  当裁判所も、被控訴人の本訴請求は理由があるものと判断する。その理由は、次に訂正、付加するほか、原判決の理由説示と同一であるから、これをここに引用する。

1  原判決一一丁裏一〇行目「被告本人尋問の結果中」とある部分から同一二丁表三行目「左右するに足りる証拠はない。」とある部分までを、次のとおり訂正する。

「控訴人は、右営業態様の変更について、被控訴人が事前、事後において明示の承諾を与えた旨主張し、《証拠省略》中には、控訴人の右主張にそう部分があるけれども、当事者間に争のない本件賃貸借契約中の特約中前記イ(2)(3)の条項の存在及び《証拠省略》に照らし措信し難く、他に控訴人の右主張事実を認めるに足る証拠はない。

また、右営業態様の変更について、控訴人は、被控訴人が、事後において黙示的に承諾した旨主張し、《証拠省略》によると、昭和五六年三年一日ころ本件ノーパン喫茶店を開店以来、同年五月七日控訴人が逮捕されてそのころ閉店するまでの間、被控訴人代表者である大貫富吾が何回か同店に行ったことは認められるけれども、(《証拠判断省略》)、すすんで、《証拠省略》中、右大貫が毎日同店へ行った、そのさい控訴人や同店の店長である端下勝巳を激励したという部分は、《証拠省略》に照らし措信し難く、《証拠省略》により、いわゆるノーパン喫茶開業といっても、コーヒー代も当初は一杯八〇〇円であったものが、最終的には一、三〇〇円と逐次値上げされたものであり、ウエイトレスの服装等も次第にきわどいものにして行ったのであって、ノーパン喫茶としての実体をそなえた営業に変質したのは同年四年一〇日ころ以降と認められること、《証拠省略》により、右大貫が行ったのは、開店当初のころ繁昌の工合を見に訪れた程度のものと認められること(《証拠判断省略》)及び《証拠省略》に鑑みると、被控訴人代行者である大貫が何回か同店へ行ったとの事実があり、警察の手入れがあるまで抗議らしいものがなかったからといって、直ちに被控訴人代表者が控訴人主張のように喫茶店の業態を逸脱する営業への変更につき黙示の承諾をしたものとは認め難く、他に控訴人の右主張事実を認めしめる事情を認めうる証拠もない。」

2  原審認定の本件ノーパン喫茶開店の経緯、その後の事情及び弁論の全趣旨によると、控訴人は、営業利益を上げるため、相当額の費用をかけ、場合によっては警察の手入れの危険をも予想してその開店に踏み切ったものと認められ、かかる事情のもとにおいては、かりに被控訴人が元の営業への復帰を催告しても、控訴人がこれに従ってたやすく旧に復したとは到底考え難く、また原審認定の各事実に徴すると、一度失われた被控訴人と控訴人との信頼関係は、そう簡単に回復し難いことも明らかである。そして以上の点と、前記1に説示したところ及び原審がその理由中において説示したところをあわせると、結局本件においては、賃貸借関係の継続を著しく困難ならしめるような不信行為があった場合に該当するというべく、控訴人の前記一の2の主張は理由がないというべきである。

3  控訴人は、当審において、本件契約解除の意思表示が信義則に反し、許されない旨の主張をしているかのようであるが、その趣旨は、従前の主張を敷えんするにすぎず、原審がその理由中において説示したところと前記説示したところとによると、控訴人の右主張は採用し難い。

4  《証拠判断省略》

二  よって被控訴人の本訴請求を認容した原判決は正当であるから、本件控訴は棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小堀勇 裁判官 柏原允 山﨑健二)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例